
オフシーズンのアンカレッジ空港で、泣いていた女性。
辿り着いた北極圏の入り口で、僕は何の高揚感もなく、近くに座って同じように泣いた。
入国審査より先に、ポケットに入りそうなソニーのバイオで、メールをチェックした。
気軽に使えるWi-Fiとかない時代で、ローミングの携帯に有線で繋いでたっけ。
薄暗い空港で読んだメールは、決して泣くような内容ではなく、むしろ当時の僕としては「困ったな」と思う文面だった。
ちゃんとがんばって暮らしていたら、お部屋を綺麗に整えていたら、おいしいご飯を作っていたら、空を見て、夕焼けを見て、あなたを思って、毎日を大切に笑顔で過ごしていたら、そんなわたしの世界にいつか、あなたの方から来たいと思ってもらえるようにならないかなぁなんて、ささやかだけど、とびきり贅沢な夢を見ていました。
もう10年以上前の出来事で、それが事実だったのか、思い出すのも困難になってきた記憶。
感情は残るが、事実は霞んでしまう。だから詳細な事実だけを残す日記以外は、日記として無意味だ。
そんな言葉をくれたのは誰だっけ?
曰く言い難いマイナスの気持ちと、冬が近づくアラスカの空気だけは、何となく思い出せる。
写真があれば、テキストがあれば、事実は色褪せないと思っていたけれど、事実は曖昧で、当時の感情と記憶はリンクせず、今頃になって感傷的になるなんてお笑いだ。
僕は頭が悪いから、撮らないと忘れてしまう。
そう思っていたけれど、僕は撮ったところで、忘れてしまうのだ。
でも、それで良いのかもしれない。
良いのかもしれないと思えるくらい、僕は十分大人になったようだ。

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